高松高等裁判所 平成元年(ラ)38号 決定 1989年7月25日
抗告人 斉藤清
相手方 水原ミチ子
事件本人 斉藤実 外1名
主文
原審判を取り消し、本件を松山家庭裁判所宇和島支部に差し戻す。
理由
一1 抗告人の抗告の趣旨
主文同旨
2 抗告の理由
(一) 事件本人らの各親権者は、昭和59年1月9日父である抗告人と母である相手方とが協議離婚する際の協議により、長女典子(昭和47年11月24日)とともに全て抗告人と定められ、その届出がされた。その後典子及び事件本人らが抗告人に無断で相手方と同居するに至つたため昭和60年1月22日松山家庭裁判所宇和島支部において調停の結果典子の親権者を相手方と変更し事件本人らの親権者は従前どおり抗告人とし、当事者双方は典子及び事件本人らが法的な手続によらないで各親権者の下を離れないように監護養育する旨合意した。
(二) しかし、相手方がその後事件本人らを抗告人に無断で呼び寄せて同居し、家庭裁判所の調査に対しては相手方と同居して生活を続けたい旨述べるよう事件本人らに強要している疑いがある。
(三) 事件本人らの監護養育は親権者である抗告人の意思によるべきで、抗告人が事件本人らの引渡を求めている以上、親権者でない相手方がこれを拒むことは許されない。
(四) また、抗告人が事件本人を監護するのが事件本人らの福祉に合致する。すなわち、抗告人は経済的に安定した生活を営み、事件本人らを監護養育する準備もあるが、相手方は夜間ホステスとして働いており、事件本人らと接する時間もなく監護を放置した状態であるので、速やかに事件本人らの引渡を求める。
二1 記録によると、次の事実が認められる。
(一) 事件本人らの各親権者は、その父である抗告人と母である相手方とが昭和59年1月9日協議離婚の際にした協議により、長女典子(昭和47年11月24日生)とともに父である抗告人と定めその届出をした。しかし、その後典子、事件本人らが相手方と同居したため、松山家庭裁判所宇和島支部で調停の結果、典子の親権者を相手方に変更し、事件本人らの親権者を従前どおり抗告人とし、「当事者双方は今後法的手続によらずに3児がそれぞれ親権者の下を離れることのないよう養育監護する」旨の調停が成立した。
(二) 事件本人らは、父母の離婚後暫くの間抗告人及びその内縁の妻金井チエ子と同居し、抗告人が長距離トラツクの運転手(月収約20万円)であり毎週末に帰宅する程度でその他の日は内縁の妻が事件本人らの監護補助をしていたが、抗告人が帰宅すると、事件本人らに暴力を振るうなどの厳しい折檻をし、内縁の妻が激怒して事件本人らに対し出て行けということもあつた(事件本人らの言による)ので、抗告人方を自己の意思で去つて相手方と同居するに至り、その後抗告人はその意思に任せ無理に連れ戻すこともしなかつた。
(三) 相手方は、その当初昼は鮮魚店の手伝いをし、夜は飲み屋「○○」を1人でしたり、仲居として働き、婦宅が深夜に及ぶため、殆ど事件本人らと接する時間的余裕がなく、住居は間借りで、典子(現在高校2年)、事件本人らとともに親子4人が生活していた。相手方はその後ホステスとなり月収約17万円を得て、相手方の姉秋山照子夫婦と同居し、無料で同人所有の家屋の一室を借りて親子4人が起居し、相手方の働く夜間には右姉夫婦が事件本人らの監護を補助しており、相手方も朝の時間には事件本人らとできる限り接触して監護している。
(四) 事件本人らは、2、3度相手方や典子などから言われて、抗告人の下に帰つたこともあるが、すぐまた相手方のところに戻つている。事件本人実(現在13歳、中学2年)、同守(現在12歳、中学1年)は、いずれも、抗告人を特に慕うこともなく、反面特に嫌うわけでもなく気が向けば自分から抗告人を訪ねているが、現状どおり相手方の下で生活したいと希望しており、その情緒も安定し、学校生活にも特に問題はない。また、相手方が事件本人らに対し、抗告人の下に行かないように圧力をかけているのではないかとの抗告人の心配に沿うような事実はみあたらない。
以上のとおり認められる。
2 本件申立は親権者である抗告人(父)から親権者ではない相手方(母)に対し、親権の行使として、子である事件本人らの引渡を求めるものであるが、右事実によると、相手方の事件本人らの監護に関する権限は親権者である抗告人の黙示的な監護委託に基づくものとするほかなく、その委任契約の性質上、親権者である抗告人からの一方的な委任契約解除の意思表示により解除される関係にあり、親権者である抗告人が子の引渡を求める以上、相手方としては子の監護の権限を失うものとせざるを得ないので、その点からみると、本件では法的には親権者でない母相手方が同居する事件本人らの引渡を拒む権限がない。
しかし、本件の場合右認定事実からみると、まだ事件本人らの身上監護が親権の主要部分を占めているので、子の引渡を認容すべきかどうかは親権者をいずれとするかの結論に合致するように処置すべきものであり、家庭裁判所の後見的機能からすると、相手方を親権者とする旨変更すべきかどうかの考慮が要請され、その点を含めて解決しなければ、本件に関し事件本人らの福祉の観点から熟慮し将来における子の引渡に関する紛争を防止することができない。従つて、このような場合子の引渡事件と親権者変更事件とは合一にのみ判断すべきものであり、現在の時点で、いずれを親権者とするのが子の福祉、子の利益に合致するかを再び検討して、従前の親権者の定めを維持するか、変更するかを合わせて決定するのが相当である。本件では、相手方に対し事件本人らの親権者を相手方に変更する旨の申立を促し、その申立を抗告人の本件申立に併合して、事件本人らの福祉のためには父母のいずれを親権者とすべきかにつき審理し、その結果、従前の親権者を維持するのが事件本人らの福祉に合致する場合は、母相手方からの親権者変更の申立を却下すると同時に、父抗告人からの本件引渡請求を認容すべきであり、相手方が現状どおり事件本人らを監護するのがその福祉に合致する場合は、事件本人らの各親権者を相手方に変更すると同時に、抗告人からの本件事件本人らの引渡申立を却下すべきものである。
原審判は、その方法をとらなかつたため相手方には法的に現在及び将来共に事件本人らの監護権が存在せずその引渡を拒む権限がないのに、その引渡請求を却下した結果となり、相当ではなく、本件抗告は理由がある。
なお付言すれば、前記認定の各事情によると、親権者を相手方とするのが事件本人の福祉に合致すると一応考えられるが、更に抗告人と同居する内縁の妻の事情(例えば、抗告人との婚姻届出及び事件本人らとの養子縁組の意思の有無、監護ないし監護補助に関する準備状況など)をも審理の上、その事情をも加えて比較考慮し判断すべきものである。
3 以上のとおりであるから、これと異なる原審判は相当ではないのでこれを取り消し、以上の点につき原審において審理判断させるのが相当であるから、家事審判規則19条1項の規定に従い、本件を松山家庭裁判所宇和島支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高木積夫 裁判官 孕石孟則 高橋文仲)
〔参考1〕 即時抗告申立書
即時抗告の申立
平成元年6月2日
高松高等裁判所 御中
抗告人代理人
弁護士 ○○
審判事件の表示 昭和63年(家)第231号、第232号子の監護に関する処分(子の引渡)申立事件
住所 愛媛県宇和島市○○××番地×
抗告人 斉藤清
住所 同県同市○○××-×秋山謙三方相手方水原ミチ子
住所 相手方住所に同じ
事件本人 斉藤実
事件本人 斉藤守
上記事件につき松山家庭裁判所宇和島支部が平成元年5月17日にした「本件各申立を却下する」との審判に対し即時抗告をします。
抗告の趣旨
原審判を取消し、本件を松山家庭裁判所宇和島支部に差戻すとの裁判を求めます。
抗告の理由
別紙のとおり。
別紙
1 抗告人と相手方との婚姻から離婚、事件本人斉藤実同斉藤守(以下「事件本人ら」と省略)らの親権者の指定に至るまでの経緯については原審において認定した事実((1)(2)(3))のとおりである。
2 抗告人は、昭和60年1月22日相手方との間の調停成立後は事件本人らの親権者として監護養育に専念し、平穏な生活を送っていたのである。
3 上記調停条項3項には、当事者双方は今後、法的手続によらずに上記3児がそれぞれ親権者の許を離れることのないよう養育監護する、と決定されているにもかかわらず、相手方はこれを無視し何ら法的手続を取らず勝手に事件本人らを自分の許に呼び寄せて一緒に生活を始めたため、それまで平和であった抗告人の家庭生活を破壊してしまったのである。
4 原審が認定した事件本人らが今後も相手方に養育されることを強く希望している、との点については相手方の性格態度等を勘案し、裁判所調査官の調査前において事件本人らに対し一緒に生活したいといえ、いうのだと強要していた疑いがある。
5 本件はもともと相手方が法的手続によらず法を無視し勝手な行動を取ったことに起因があるのであって、事件本人らの親権者の指定、変更それにともなう養育監護についてはすべて裁判所における厳正な法手続を経た上で決定されたことであるその法無視に起因する本件において抗告人の主張が認められなかったことに対し、法律そのものの存在意義に大きな疑問を抱くものである。
6 抗告人は事件本人らの親権者であり事件本人らの実父としてその愛情に欠けるところはなく、また経済的にも安定した生活を送っている、他方相手方は水商売など職を転々とし収入が少ないため家賃を滞納し、家主から家屋明渡調停を申立てられて家を出され、またガス代タクシー代等の支払ができず、その外借金もあって生活はかなり困窮の状態である。
7 事件本人らは、相手方の姉夫婦の協力援助のもとに養育されているとのことであるが、相手方の近所では事件本人らは放置されたままの状況であるとの噂である。
8 以上のような点を総合すると、相手方が熱意をもって事件本人らの監護養育に当っておるとは到底考えられず今後の事件本人らの生活環境に多大の支障をきたすおそれがあると認められるから、本件各申立を却下した原審判は不当である。
よってこの申立てをした次第である。
〔参考2〕 原審(松山家宇和島支 昭63(家)231号、232号 平元.5.17審判)<省略>